昨日、
家族で遊園地に行きました。
せっかくのお出かけ。
子どもたちも楽しそうだし、
私も楽しみにしていました。
ところが、
なんだか朝から眠い。
前の日の睡眠時間が、
少し短かったんです。
まあ、
これくらいなら大丈夫だろう。
若い頃なら、
そんなふうに考えていました。
でも、
大丈夫じゃなかった(笑)。
遊園地を歩いているうちに、
だんだん疲れてきて、
子どものちょっとした行動が気になる。
奥さんのちょっとした言葉にも、
なんとなくイライラする。
「なんでそんなことするんだよ。」
「もうちょっとこうしてくれればいいのに。」
そんなことを、
心の中で思っていました。
でも、
ふと気づいたんです。
「あれ? 俺、ただ疲れてるだけじゃない?」
以前の私なら、
イライラする
↓
相手に原因がある
と考えていたかもしれません。
でも、
そうじゃないこともある。
相手は、
いつもとそんなに変わっていない。
変わっていたのは、
自分のコンディションのほうだった。
そんなことに気づいた、
昨日の遊園地でした。
イライラすると、相手に原因を探してしまう
イライラしているときって、
不思議です。
相手の言葉。
相手の態度。
相手の行動。
気になるところが、
次々に見えてきます。
「なんで、そんな言い方するんだろう。」
「普通、こうするでしょ。」
「もう少し考えてくれればいいのに。」
そして、
自分がイライラしている理由を、
相手の中に探してしまう。
もちろん、
本当に相手に原因があることもあります。
でも、
全部がそうとは限りません。
寝不足だった。
お腹が空いていた。
仕事で疲れていた。
予定を詰め込みすぎていた。
単純に、
体力が残っていなかった。
そんな自分側の事情で、
普段なら気にならないことまで、
気になってしまうことがあります。
だったら、
相手に何かを言う前に、
一度、
自分に聞いてみてもいい。
「俺、いま疲れてない?」
それだけで、
少し見え方が変わることもあるのかもしれません。
若い頃の「これくらい大丈夫」は、大丈夫じゃなかった
若い頃の私は、
睡眠について、
かなり雑に考えていました。
「ある程度寝れば大丈夫でしょ。」
眠ければ、
コーヒーを飲む。
疲れていても、
動き始めればなんとかなる。
多少寝不足でも、
一晩ぐっすり寝れば回復する。
そんな感覚でした。
実際、
それで乗り切れていた時期もあります。
でも、
40代になった今、
同じ感覚ではいられなくなりました。
寝不足の翌日は、
やっぱり眠い。
集中力も落ちる。
余裕もなくなる。
そして今回気づいたのが、
「機嫌」にも影響する
ということでした。
昔と同じように、
「これくらい大丈夫。」
と思っていても、
身体のほうは、
「いや、大丈夫じゃないですよ。」
と言っている(笑)。
だったら、
そろそろ昔の基準ではなく、
今の自分の基準で考えたほうがいい。
そんなことを思いました。
40代は、身体だけじゃなく頭も疲れている
昨日の遊園地で、
もう一つ気づいたことがあります。
若い頃だって、
一日遊園地にいれば疲れました。
でも、
今とは少し、
疲れ方が違う気がします。
今は、
自分が楽しむだけではありません。
子どもはどこにいる?
危なくない?
疲れてない?
トイレは大丈夫?
お腹は空いてない?
次はどこへ行く?
帰りは何時にする?
そんなことを、
ずっと考えています。
身体は歩いている。
でも、
頭の中でも、ずっと小さな仕事をしている。
仕事でも、
家庭でも、
考えることが増えました。
だから、
「昔はこれくらい平気だったのに。」
と比べても、
あまり意味がないのかもしれません。
年齢だけではなく、
背負っているものも、
考えていることも、
あの頃とは違うのですから。
昔の自分ではなく、「今の自分」を基準にする
つい、
昔の自分と比べてしまいます。
「昔はもっと働けた。」
「昔は寝なくても平気だった。」
「昔は一日遊んでも、次の日には元気だった。」
でも、
昔の自分と今の自分では、
身体も、
生活も、
背負っているものも違います。
だったら、
昔の自分に合わせなくてもいい。
今の自分を、
基準にすればいい。
何時間寝れば、
気持ちよく起きられるのか。
どのくらい予定を入れると、
疲れてしまうのか。
どのくらい休めば、
また笑えるのか。
そんな、
「今の自分の取扱説明書」
を少しずつ知っていく。
40代には、
そういうことも大切なのかもしれません。
最近は、この
「今の自分の取扱説明書を知っておく」
ということが、思っていた以上に大切なんじゃないかと感じています。
昔の自分に戻ろうとするのではなく、
今の自分なら、どうすれば気持ちよく動けるのか。
そんなことを、こちらの記事でも考えてみました。
→ 「40代になって、『自分の取扱説明書』が少し分かってきた。」
休むことは、周りの人に優しくいるためでもある
以前の私は、
休むことに、
少し罪悪感がありました。
まだ頑張れる。
もう少しできる。
休んでいる時間があるなら、
何かやったほうがいい。
そんなふうに、
考えていたんだと思います。
でも、
昨日の出来事で、
少し見方が変わりました。
自分が疲れていると、
余裕がなくなる。
余裕がなくなると、
ちょっとしたことにイライラする。
そして、
そのイライラは、
自分だけで終わらないことがあります。
家族に向かう。
周りの人に向かう。
だったら、
ちゃんと寝る。
疲れたら休む。
無理をしすぎない。
それは、
自分を甘やかすためだけではない。
家族や周りの人に、
穏やかでいるためでもある。
そう考えると、
休むことへの罪悪感も、
少し減るような気がします。
「自分のために休む。」
だと、
なんとなく申し訳なく感じる日があっても、
「大切な人に優しくいられるように休む。」
だったら、
休むことも、
大切な予定の一つにしていいのかもしれません。
以前、仕事についても、
「必要なときに100%を出せるように、普段は余力を残しておく」
ということを書きました。
あのときは、
仕事のための「余力」でした。
でも今は、
家族と穏やかに過ごすためにも、
余力は必要なんだと思っています。

昔の自分がどれくらい頑張れたかより、
今の自分がどれくらい休めば笑っていられるか。
そっちを知っておくほうが、
40代には大切なのかもしれません。
「なんかイライラする」ときは、一度自分を確認する
これから、
なんとなくイライラする日があったら、
少し立ち止まってみようと思います。
「相手が悪い。」
と決める前に、
自分の状態を、
指差し確認するように見てみる。
ちゃんと寝た?
お腹空いてない?
疲れてない?
予定を詰め込みすぎてない?
仕事のことで、
頭がいっぱいになってない?
そこで、
「あ、俺、疲れてるわ。」
と気づけたら、
少し休む。
コーヒーでも飲む。
早めに寝る。
それだけで、
言わなくていい一言を、
言わずに済むこともあるかもしれません。
自分の機嫌を、
全部自分でコントロールすることはできません。
でも、
自分の状態に気づくことはできる。
それだけでも、
家の中が少し平和になる気がします(笑)。
まとめ
若い頃は、
「これくらい大丈夫。」
と思っていました。
少しくらい寝不足でも、
多少疲れていても、
なんとかなる。
でも、
40代になった今、
昔と同じではありません。
体力も違う。
生活も違う。
考えることも増えました。
だから、
昔の自分を基準にして、
無理をしなくてもいい。
今の自分が、
どのくらい眠れば元気なのか。
どのくらい休めば、
余裕を取り戻せるのか。
そして、
どのくらい余裕があれば、
大切な人に笑っていられるのか。
それを知っておく。
休むことは、
頑張らないことではありません。
また穏やかに過ごすための、
準備なのかもしれません。
今日の気づき
「なんかイライラする。」と思ったら、
相手を見る前に、まず自分を見てみる。
もしかすると、
誰かが悪いのではなく、
ただ、
自分が疲れているだけなのかもしれない。
そんな日は、
答えを探すより、
少し早く寝る。
それくらいで、
ちょうどいいのかもしれません。
Life Grows Softer.
人生は、少しずつ穏やかになる。
今日も、まぁいいっかと思える自分でいましょう。
橘の気づきノート #017
