出世を諦めたら、仕事が少し楽しくなった。

出世を諦めたら仕事が少し楽しくなった

出世したい。

若い頃の私は、それが当たり前だと思っていました。

営業として結果を出し、会社から評価され、少しでも上を目指す。

それが「良い働き方」だと信じていたからです。

でも人生は、思い描いた通りにはいきません。

病気を経験し、思うように体が動かなくなったこと。

昔のように仕事ができなくなったこと。

そんな現実を受け入れるまでには、少し時間がかかりました。

それでも今、私は思います。

出世を諦めたのではありません。

幸せの基準が変わっただけだったのです。

「出世しなきゃ」と思っていた頃

社会人になった頃の私は、「出世すること」が当たり前の目標でした。

営業として結果を出し、上司に認められ、少しでも上の役職を目指す。

「頑張れば報われる。」

そう信じていました。

だから、誰よりも働き、誰よりも結果を出そうとしていました。

でも、その頃の私は、いつもどこか余裕がありませんでした。

結果を出しても、また次の目標。

一つ達成しても、また次へ。

気づけば、「今」を楽しむことより、「もっと上へ」が頭の中を占めていました。

お客様からの無理難題にも「NO」と言わず、自分の予定があっても「仕事だから」と約束を断ることもありました…

今思えば、「仕事を頑張ること」が、自分の価値を証明する方法になっていたのかもしれません。

人生には、思い通りにならないことがある

人生には、自分ではどうにもできない出来事があります。

私にとって、それは大きな転機でした。

それまで当たり前だった働き方ができなくなり、「今まで通り」は通用しなくなりました。

最初は悔しかったです。

「なんで自分が。」

そんな気持ちもありました。

でも、時間が経つにつれて少しずつ考え方が変わりました。

「今の自分にできることを大切にしよう。」

そう思えるようになったのです。

仕事ができる、とか会社で出世する、とか別に俺じゃなくてよくね?

その頃、ふと思ったことがあります。

会社で私の代わりは、きっと誰かができる。

でも、

子どもたちの父親は、私しかいない。

そう考えた瞬間、

仕事に対する優先順位が少し変わりました。

子供たちの父親は俺しかいないけど、会社で俺の代わりはいくらでもいる。

身体を壊してまで働き続けて、

父親でいられなくなるほうが、

私にはずっと悲しいことだと思えたのです。

幸せの基準が変わった

今でも仕事は好きです。

でも、「出世すること」が仕事の目的ではなくなりました。

以前は肩書きや評価を気にしていましたが、今は少し違います。

「今日はお客様に喜んでもらえた。」

「同僚からありがとうと言ってもらえた。」

そんな一日を積み重ねることのほうが、ずっと嬉しく感じます。

不思議ですよね。

出世を目指していた頃より、今のほうが仕事を楽しめている気がします。

一日終わった後の疲れ方も今のほうが疲労が少ない、以前よりも心地よい疲れを感じるようになりました。

出世を諦めたのではなく、幸せを選んだ

「出世を諦めた。」

そう聞くと、少し寂しい印象を持たれるかもしれません。

でも、私の中では少し違います。

諦めたというより、「幸せの基準が変わった」というほうが近いのです。

仕事は、誰かと競争するためだけにあるものではありません。

毎日を穏やかに過ごし、自分らしく働くことも、立派な働き方だと思っています。

まとめ

若い頃の自分は、一生懸命でした。

だから、その頃の自分を否定するつもりはありません。

でも、40代になった今だからこそ見える景色があります。

頑張ることも大切。

でも、自分を大切にすることも同じくらい大切。

不思議なことに、

私だけではなく、

家族も少し穏やかになりました。

以前より妻の手荒れも落ち着き、

家の中の空気が少し柔らかくなったような気がしています。

私はこれからも、「出世」より「笑顔」で仕事を終えられる一日を大切にしていきたいと思います。

今日の気づき

出世を目指すことも素敵。

でも、

自分らしく働ける毎日も、

きっと同じくらい素敵なんだと思う。

Life Grows Softer.

人生は、少しずつ穏やかになる。

今日も、まぁいいっかと思える自分でいましょう。

橘の気づきノート#003