頑張っているのに、うまくいかない。
そんな時期が、私にもありました。
もっと頑張れば変わる。
もっと努力すれば報われる。
そう思って走り続けていました。
でも今振り返ると、
苦しかった原因は、
「頑張りが足りなかった」ことではなく、
「頑張り方が自分に合っていなかった」ことだったのかもしれません。
「もっと」が口ぐせだった頃
若い頃の私は、
いつも「もっと」と言っていました。
もっと売上を。
もっと評価を。
もっと出世を。
もっと頑張らなきゃ。
仕事だけではありません。
良い父親にならなきゃ。
良い夫にならなきゃ。
期待に応えなきゃ。
振り返ると、
私の毎日は「もっと」で埋め尽くされていました。
その頃は、それが向上心だと思っていました。
でも実際には、自分で自分を追い込み続けていたのかもしれません。
頑張ることが目的になっていた
ある日、ふと気づきました。
私は「成果」のためではなく、
「頑張っている自分」でいるために頑張っていたのです。
疲れていても、
休まずに働く。
頼まれたら断らない。
誰かが困っていたら、自分が何とかしようとする。
一見すると良いことです。
でも、
その頃の私は、
笑顔で頑張っているように見えて、
心は少しずつ疲れていました。
「少し力を抜く」という選択肢
病気を経験してから、
以前のようには働けなくなりました。
最初は悔しかったです。
でも、
無理ができなくなったからこそ、
初めて気づいたことがあります。
頑張ることだけが、
前へ進む方法ではないということです。
少し休む。
誰かに頼る。
できない日は、
「今日はここまで。」
そう言えることも、立派な前進なのだと思えるようになりました。
以前の私なら、仕事が終わっていなくても定時で帰るなんて考えられませんでした。
デスクの上に途中の仕事を残して帰ることは、「無責任」だと思っていたからです。
でも今は違います。
今日できることをやり切ったなら、それで十分。
明日に回せる仕事は、明日の自分に任せる。
そんな働き方も、自分には必要だったのだと思えるようになりました。
力を抜いたら、周りも笑顔になった
不思議なことがあります。
以前より力を抜いて働くようになってから、
仕事が前よりうまく回るようになりました。
家でもそうです。
無理をしなくなったことで、
家族もどこか安心しているように感じます。
頑張ることをやめたわけではありません。
頑張り方を変えただけ。
その違いは、
思っていた以上に大きかったのです。
家でも同じでした。
「お風呂掃除をしておけば喜ぶかな。」
「ご飯の準備もしたほうがいいかな。」
いつも、自分より相手を優先していました。
もちろん、それが悪いことだとは思いません。
でも、無理を続けると、いつか心が疲れてしまいます。
今は、できる日はやる。
難しい日は「今日はお願い」と素直に言えるようになりました。
無理をしないことは、相手を大切にしないことではない。
お互いが笑顔でいられるための選択なんだと、今は思っています。
今は無理なことは「無理」と言えるようになりました。
まとめ
今でも私は頑張ります。
でも、
「もっと。」
ではなく、
「今日はこれで十分。」
そう思える日が増えました。
頑張ることは大切です。
でも、
自分を壊してまで頑張る必要はありません。
少し力を抜いたからこそ、
見える景色もある。
私は今、そう思っています。
頑張ることをやめたから、穏やかになったのではありません。
大切なもののために頑張るようになったから、穏やかになれたのです。
今日の気づき
頑張ることは、美しい。
でも、
自分を大切にできる頑張り方は、もっと美しい。
Life Grows Softer.
人生は、少しずつ穏やかになる。
☕
今日も、まぁいいっかと思える自分でいましょう。
橘の気づきノート #005
