「前を向け」と言われても、前がどっちか分からなかった。

前を向けと言われても前がどっちか分からなかった

先日、読んでいた本の中で、

気になる言葉に出会いました。

「前を向きましょう。」

そう言われても、

そもそも、

どっちが前なのか分からない。

そんな意味の言葉でした。

この一節を読んだとき、

「ああ、なんとなく分かるな。」

と思いました。

前を向きたくないわけじゃない。

頑張りたくないわけでもない。

ただ、

どちらへ進めばいいのか分からない。

そんなときが、

人生にはあるんですよね。

私も、

30代後半で病気をしたとき、

それまで思い描いていた人生が、

突然変わりました。

仕事を頑張ればいいのか。

元の自分に戻ることを目指せばいいのか。

これから、

何を目標にすればいいのか。

そもそも、

自分はこれからどうなるのか。

分からないことばかりでした。

そんなときに、

「前を向こう。」

と言われても、

たぶん私は、

心のどこかで思っていたんだと思います。

「……前って、どっちだ?」

今だからこそ、

少しだけ分かる気がします。

人生には、

前を向けないときだけではなく、

「前」がどこなのかさえ分からなくなるときがある。

そんなときまで、

無理に歩き出さなくてもいいのかもしれません。


「前向きに」という言葉が、しんどいときがある

「前向きに」という言葉が、しんどいときがある

「前向きにいこう。」

「気持ちを切り替えよう。」

「次のことを考えよう。」

どれも、

悪い言葉ではありません。

実際、

そういう言葉に救われることもあります。

少し元気になってから聞けば、

「そうだな。そろそろ前に進もう。」

と思えることもある。

でも、

心が弱っているときには、

同じ言葉が、

少し重く感じることもあります。

「前を向かなきゃ。」

「立ち直らなきゃ。」

「いつまでもこんなことをしてちゃダメだ。」

そうやって、

今度は自分で自分を、

急かしてしまう。

周りから急かされているわけでもないのに、

「早く元の自分に戻らなきゃ。」

と、

一人で焦ってしまう。

でも、

今になって思います。

前を向けないのではなく、

そもそも、

前がどこなのか分からなかった。

それだけだったのかもしれません。

前が分からないのに、

無理に歩き出そうとすれば、

余計に迷ってしまいます。

だったら、

分からないときくらい、

その場にいてもいい。

「まだ分からないな。」

と、

立ち止まっていてもいい。

前向きになれる日は、

そのあとでもいいのかもしれません。


私にも「前」が分からなくなった時期があった

私にも「前」が分からなくなった時期があった

30代後半で、

病気をしました。

それまで私は、

人生はなんとなく、

右肩上がりに進んでいくものだと思っていました。

仕事を頑張る。

経験を積む。

少しずつ評価される。

そして、

また次の目標へ進む。

そこには、

自分なりの「前」がありました。

迷うことはあっても、

「こっちに進めばいい。」

という方向だけは、

なんとなく見えていたんだと思います。

でも、

病気をして、

その道が突然見えなくなりました。

以前のように働けない。

頑張りたくても、

身体がついてこない。

元の自分に戻りたい。

でも、

戻れるのかも分からない。

だったら、

これから何を目指せばいいんだろう。

仕事はどうなるんだろう。

自分は、

この先どうなるんだろう。

考えても、

答えは出ませんでした。

あの頃は、

新しい目標を探す余裕なんて、

なかったように思います。

「次はどうする?」

なんて、

考えられなかった。

ただ、

今日を過ごす。

そして、

また次の日を過ごす。

それだけで、

精一杯でした。


立ち止まっている自分を、責めていた

立ち止まっている自分を、責めていた

それでも、

周りの時間は進んでいきます。

仕事をしている人がいる。

活躍している人がいる。

新しいことを始める人がいる。

そんな姿を見ると、

「自分も何かしなきゃ。」

と思いました。

でも、

動けない。

そして、

動けない自分を、

また責める。

周りは前に進んでいるのに、

自分だけが、

同じ場所に取り残されている。

そんなふうに感じていたのかもしれません。

でも今思えば、

前が分からないのに、

無理やり走ろうとしていたんですよね。

道が分からないなら、

まず立ち止まる。

周りを見て、

「自分は今、どこにいるんだろう。」

と確認する。

本当なら、

それでよかった。

でも当時の私は、

「立ち止まる=前に進んでいない」

と思っていました。

だから、

立ち止まっている自分を、

許せなかったんだと思います。

今になって、

ようやく少し分かるようになりました。

立ち止まることは、

諦めることではない。

何もしないことでもない。

次にどちらへ進むのかを考えるための、

大切な時間になることもある。

最近は仕事でも、

すぐに動くのではなく、

一度立ち止まって、

周りを見ることを意識するようになりました。

「立ち止まること」については、こちらの記事にも書いています。

「戦う前に、立ち止まる。」


立ち止まっている時間も、人生だった

立ち止まっている時間も、人生だった

あれから、

ずいぶん時間が経ちました。

振り返ってみると、

何も進んでいないと思っていた時間にも、

いろいろなものがありました。

家族と過ごした時間。

誰かに助けてもらったこと。

「ありがとう」と言えるようになったこと。

無理をしない働き方を、

少しずつ覚えたこと。

以前の私なら、

どれも「前進」とは、

呼ばなかったかもしれません。

仕事で成果を出す。

評価される。

次の目標へ進む。

そういう、

目に見える変化だけが、

前に進むことだと思っていたからです。

でも、

今は少し違います。

誰かに頼れるようになったことも。

家族との時間を大切にするようになったことも。

「まあ、いいか。」

と思えることが増えたことも。

どれも、

あの時間の中で、

少しずつ身につけてきたものなんですよね。

当時の私は、

それを「前進」だとは、

思っていなかったと思います。

でも今振り返ると、

あの時間があったから、

今の自分がいる。

そう思えるんです。

立ち止まっているように見える時間も、
ちゃんと人生の途中だった。

人生は、

予定どおりには進みませんでした。

でも、

振り返ってみると、

予定外だったからこそ、

見つけられた景色もありました。

そんなことを、以前の記事でも書いています。

「思い通りじゃなかった。でも、悪くない人生だった。」


前は、一つじゃないのかもしれない

前は、一つじゃないのかもしれない

若い頃の私は、

「前」は一つだと思っていました。

仕事なら、

もっと成果を出す。

もっと成長する。

もっと上を目指す。

それが、

前に進むことだと思っていました。

だから、

立ち止まることは、

遅れること。

引き返すことは、

負けること。

人に頼ることは、

自分の力が足りないこと。

そんなふうに、

思っていたのかもしれません。

でも今は、

少し違います。

立ち止まることもある。

横道に入ることもある。

引き返すこともある。

誰かに頼ることもある。

そして、

何もしない日もある。

それでも、

人生は続いていく。

むしろ、

横道に入ったから、

見つけられる景色もある。

立ち止まったから、

気づけることもある。

誰かに頼ったから、

初めて分かる優しさもある。

そう考えると、

「前に進む」ということ自体、

一つではないのかもしれません。

あの頃の私は、

「前がどっちか分からない。」

と思っていました。

でも、

もしかすると、

最初から「前」なんて、
一つじゃなかったのかもしれない。

そう思えるようになってから、

少しだけ、

人生を急がなくなったような気がします。


分からない日は、分からないままでいい

分からない日は、分からないままでいい

人生には、

答えが出ないことがあります。

これからどうしたいのか。

何を目指したいのか。

どちらへ進めばいいのか。

分からない。

そんな日は、

無理に答えを出さなくてもいい。

「分からない。」

それも、

今の自分の正直な答えなのかもしれません。

今日一日を、

過ごす。

ご飯を食べる。

眠る。

誰かと話す。

少し笑えたら、

それでいい。

何かを成し遂げなくても、

答えを見つけられなくても、

今日という一日は、

ちゃんと過ぎていきます。

そうやって過ごしているうちに、

いつか、

「あっちに行ってみようかな。」

と思える日が来るかもしれません。

来なければ、

もう少しそこで休んでもいい。

そして、

また少し歩きたくなったら、

そのときに歩けばいい。

前がどっちかなんて、

そのあと考えてもいいんですよね。

人生には、

そんな時間があってもいいんじゃないでしょうか。


まとめ

「前を向きましょう。」

以前なら、

何の疑問も持たなかった言葉です。

でも今は、

人生には、

その「前」が分からなくなるときもあるんだと思っています。

そして、

そもそも「前」は、

一つじゃないのかもしれません。

立ち止まる。

横道に入る。

誰かに頼る。

少し休む。

そんな時間も、

長い人生の一部です。

だから、

前が分からないときに、

無理に前を探さなくてもいい。

立ち止まってもいい。

分からないままでもいい。

私自身、

あの頃は、

自分がどこへ向かっているのか分かりませんでした。

ただ、

毎日を過ごすだけで精一杯でした。

でも、

今こうして振り返ってみると、

立ち止まっていたと思っていた時間も、

ちゃんと今につながっています。

あの頃には、

前に進んでいるようには見えなかった。

それでも、

人生は止まっていなかったんですよね。

だから、

もし今、

「前がどっちか分からない。」

そんな場所にいる人がいたら。

焦って、歩き出さなくてもいいと思います。

今日、

答えが出なくてもいい。

今日、

何かを成し遂げなくてもいい。

その場所で過ごしている今日も、

ちゃんと、

あなたの人生の一日です。

マスター橘

前がどっちか分からない日は、
無理に歩かなくていい。

立ち止まっている時間も、
人生の途中だから。

今日の気づき

前向きになれないのではなく、
前が分からないときもある。

そんな日は、

無理に答えを探さず、

今日を過ごすだけでもいいのかもしれない。

Life Grows Softer.

人生は、少しずつ穏やかになる。

今日も、まぁいいっかと思える自分でいましょう。

橘の気づきノート #016